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「ほのか…、あ、あたし…っ」
「何も言わないで。もう、お終いにしましょう」
ほのか、と呼ばれた髪の長い聡明そうな少女は無表情に、向かい合っていた髪の短く活発に見える少女の手を取り、揃いで持っているはずの何か、を握らせた。
「…え…、何…なにこれ…どういうこと…」
「そういうことだから」
なんとか何かを問いただそうとする声を遮って、ほのかは一言吐き捨て走り去ってしまう。
「そんな…そんな…ありえない…」
一人残されたその子は涙が頬を伝うのも気づかないほど呆然と、ほのかと呼ばれた少女の消えた先を見つめていた。
 
「…ぎさ!もうギリギリの時間じゃないの!?早く起きなさい!」
そんな声がキッチンから聞こえてきて、少女の意識は現実に引き戻された。
いつもは慌てて布団から飛び起きて用意をし始めるのだが、今朝はなぜだか頭が働かない風にゆっくり布団から起き上がり、自分の頬をなでた。
やはり、涙の跡が残っていた。
「…夢、か。夢、だよね…!」
この間のほのかとのひと悶着は仲直りで解決したのだ。解決したはずなのだ。
現実であるはずが無い、筈である。
ふぅ、と一息つきベッドから抜け出て、急いで着替えてキッチンに向かった。

「おはよ。遅かったじゃない、大丈夫?」
そういいながらキッチンから出てくる母は朝ご飯を手に持って、力なくいつもの席に座った娘に声をかける。
「あ、お母さんおはよ。」
いつもはもっと騒がしいくらいバタバタしているのに今朝はやけに静かに食事を済ませている。
それに気づいた母は、そんな娘の肩をたたき、
「何があったか知らないけど、まず食べなさい。動く頭も動かなくなるわよ?」
と声をかける。
「まぁ姉ちゃんには動く頭もないけどなっ!」
「亮太!」
弟の茶々を一喝し、ひとつため息。
「ありがとう、お母さん。大丈夫。大丈夫だよ。」
「そう、ならいいわ。さ、さっさと食べないと遅れるわよ!ほら!」
「ヤバッ」
慌てて麦茶で流し込んで、ブレザーを羽織り鞄を持って玄関に出る。
鞄の中には『ひとつだけ』例のホルダーが入っていた。
夢で受け取っていたはずのもうひとつは入っていなかった。
夢だと分かっていても安堵する。安堵せずには居られない。
手早く靴を履いて、奥に向かって一声。
「いってきます!」
「いってらっしゃい〜!」
外に出ると、雲ひとつない晴天。
「こんな日に悩んでいるのもバカらしいかなっ」
無理にでも自分を奮い立たせようと、手を空に伸ばしてつぶやく。